麹をいつもの台所に
秋田県の県南地域、横手市増田。雪深い冬がもたらす豊かな水が広大な横手盆地を潤すこの地域は、季節の野菜、果物、山菜、きのこなど、四季折々の食材に恵まれた、全国有数の米どころ。それゆえ、かつては集落毎にひとつ麹屋があったと言われるほど、この地域にとって麹(発酵)は暮らしそのもの。大正七年の創業から、この地域で百年にわたって麹や味噌を造り続けてきた「羽場こうじ店」がわたしの生まれた場所、そして家業です。その「羽場こうじ店」が平成二十五年に開業し、わたしが女将として切り盛りさせてもらっているのが「旬菜みそ茶屋くらを」です。
お店は、平成十五年まで約二百年にわたって酒造りをしていた旧勇駒酒造の建物です。増田は平成二十五年、内蔵の町として国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、たくさんの観光客が訪れる地域として新たな歴史を刻み始めました。わたちたちの建物にも、食堂の奥に、増田の中でもっとも古いとも言われる内蔵「宝暦蔵」があります。江戸後期の宝暦四年(1745年)、初代石田久兵衛が「増の井」の名で酒造りをはじめた当時に建造されたことから「宝暦蔵」と呼ばれ、国登録有形文化財に登録されています。酒造りの仕事蔵として二百年使われてきたこの内蔵は、豪華で美しい増田の内蔵とは違って、長年にわたる改修の跡や傷みもたくさんありますが、わたしはそれが大好きです。酒蔵の特徴でもある長大な空間は迫力があり、入口の重厚な扉や大きな空間を支える梁などからも刻まれてきた歴史が感じられます。かつて酒造りの仕込み水として使われていた井戸水は、いまも大切に全てのお料理に使っています。
この地域のお母さんたちは、発酵料理を作っているという意識がないくらい麹が日常のものになっています。冷蔵庫のあり合わせのものや季節の野菜、地元の調味料を使って、名もなき料理を作る。流行やブームではなく、これからも麹をいつも台所にあるものにしたい。それが私とくらをの役割だと思っています。お母さんたちから学んだ麹の使い方はもちろん、若い世代のみなさんにも日常的に使ってもらえるよう、現代の食卓に合わせた麹料理をお届けしたいと思っています。
旬菜みそ茶屋くらを 鈴木百合子